アコンカグア単独登山 5日間で頂上へ 

少しずつグラデーションの彩度が上がっていく。夜があけるのだ。

とっくに雲は眼下にある。よし、予定通りのペースだ。

僕は少し安堵してヘッドライトの光を消した。

いつどこで見ても日の出というのは幻想的。思わず足が止まる。

標高6377mのインディペンデンシア小屋に着いた時、すでに視界は明るかった。まだ山頂まではしばらくある。しかも最後の難関、グランカナレータという急勾配が最後に控えている。

高山病の初期症状が出始めているのが自分でもわかる。身体が重い。しかし気力はある。

朽ちた小屋の脇で団体さんが休憩している。彼らの前を歩くのはしんどいだろう。後ろからせっつかれるのは思っている以上にプレッシャーを感じて体力が奪われるのだ。

僕は団体さんの後をゆっくりついて行くことにした。

セブンサミッツ

学生時代に地理の勉強を怠ったせいでよく理解していないのだけど、なにやら世界には大陸が七つあるらしい。セブンサミッツとはその七大陸の最高峰のことだ。

七つを並べると、

アジア大陸:エベレスト(中華人民共和国・ネパール、8,848m)

ヨーロッパ大陸:エルブルス山(ロシア連邦、5,642m)

北アメリカ大陸:デナリ(アメリカ合衆国、6,190m)

南アメリカ大陸:アコンカグア(アルゼンチン、6,962m)

アフリカ大陸:キリマンジャロ(タンザニア、5,895m)

オーストラリア大陸:コジオスコ(オーストラリア、2,228m)

南極大陸:ヴィンソン・マシフ(南極半島付近、4,892m)

となる。ヨーロッパ大陸はモンブランをセブンサミッツとする説や、コジオスコは難易度が低いので別の山とする話もあってちょっとややこしい。しかし上記が一般的なセブンサミッツと言われているはずだ。

そしてセブンサミットを全て登った人間は「セブンサミッター」という称号が与えられる。与えられるといっても何かもらえたりするわけではないはずだけど。名乗れる、という感じかな。

おそらくほとんどの人は、エベレストとキリマンジャロ以外の山を耳にしたことはないだろう。今回僕がアコンカグアに登るといっても、登山をする人以外は全く知らないという反応だった。

そしてその後の会話は「で、何mなの?その…、アコン…なんとかって山は?」

「7,000m弱だよ」「7000!?富士山って何mだっけ?」「3,776m」「マジで!?」「ええ、マジで」

というのがもうパターン化していた。

2019年の年末年始、僕はその山に登ってきたのだ。

登山前日

2019年12月25日。実に1日と半分の時間をかけてアルゼンチン、メンドーサという街にたどり着いた。

ロストバッゲージが不安だったが無事に届いた。なお、帰りは荷物が本当にロストした笑

空港を出ると僕の名前を書いた紙を持っている青年を見つける。事前に日本から現地の登山に関する代理店に宿への送迎をお願いしていた。そのお迎えである。

実はこういうお迎えというは初めてだ。いつも海外に行く時は宿も取っていない行き当たりばったりだからだ。

最初に少し説明をしておかないといけない。アコンカグア登山は通常、割と長い日数がかかる。二週間くらいかな。

そうなると食料や装備も多くなり当然荷物も増える。

そこで、ほとんどの登山者がムーラと呼ばれるラバ(馬とロバの掛け合わせた品種の動物)にベースキャンプまで荷物を運んでもらうことになるのだ。

その代理店は現地に数社あり、今回僕はLANKO社というところにお願いしていた。理由はほかより安かったから。LANKO社にはムーラの手配と空港からの送迎、登山前日のホテルの手配もお願いしていた。

運転している青年は英語が話せないらしく、車内は完全に無言。気まずいよ。

空港を出ると早速ブドウ畑が目に入る。このメンドーサの名産は赤ワイン。ワイナリーツアーなんかもあるらしい。しかしお酒が飲めない僕にはそれは全く関係がなかった。

15分くらいで街に入る。やけに人が少ない。そう、今日は休日なのだ。

これは後でわかったのだが、休日はかなりのお店が閉まる。休みの日はみんな休み。休日に頑張ってお客さんを呼び込もうという日本の商売とはかなり勝手が違う。メリハリがついているのだ。シエスタがある国だからね。

ホテルの前で降ろされる。玄関を見てすぐに思った。ああ、これは自分では絶対にとらないレベルのホテルだ。LANKO社からの手配なので標準の、要は間違いのないホテルなのだろう。

でも僕は一泊千円や二千円くらいの宿の方が性に合っているので、どうしても勿体無いという気持ちが出てしまう。しかしこれは仕方ない。訪れたことのない国で一番最初は無難にしておく方が安心だからだ。

受付を済ませ、部屋に入る。シンプルだがやはりいい部屋だった。ザックを置いてすぐに街をウロウロしてみることにした。

想像していたより街が綺麗だ。というよりこれは日本より綺麗だ。

その秘密はこれか。

かなり細かい間隔でゴミ箱が設置されているのでポイ捨てが起きないのだ。

休日は本当に人が少ない。ゴーストタウンのよう。

夕食は適当に見つけたお店で。カツレツのようなものを。量が多い。

アルゼンチンは英語が通じないと聞いてはいた。とはいえ、

「いやあ、そうは言っても英語は世界の共通言語でしょ」と正直思っていたのだ。

これは間違いだった。本当に通じない。ホテルの受付の人ですらスペイン語のみだった。これわりと大変。

ホテルに帰ってこの日はぐっすり就寝。

登山準備

僕は時差ボケというものになったことがなく、しかも大体どこでも眠れる図太さがある。

なので旅先で体調を崩した経験が実はない。もちろん快眠でスッキリ起床。

さて、今日は忙しい。やることは4つある。

1.LANKO社にてムーラの代金を支払う。

2.登山の申請

3.装備のレンタル

4.食料の調達

これは必須だ。これをしないと明日から予定位通りに登山がスタートできない。

詳しくは別で書くけど、順調にこのタスクをこなした。翌朝はいよいよスタートだ。

登山初日(早速トラブル発生)

朝の4時半。まだ暗い街中を僕は登山用の70Lのザックとムーラに運んでもらうようのとんでもなくでかいダッフルバックを背負い街をふらふらと歩いていた。

バスターミナルに向かうためだ。タクシーが走っていることを期待したがやはり走っていなかった。

実はこのことを想定してバスターミナルに近い宿に泊まっていた。しかし近いといえど徒歩で15分はかかる。

なお、道中街中を歩いていると住居のベランダからワインをぶっかけられた。犯人はわからない。ひどい。酒臭い。

バスターミナルではLANKO社で聞いていた乗り場と違う乗り場を案内された。合っているのか不安でいろんな人に

「このバスはオルコネス(登山口)に行くのか?」と訪ねる。

返ってきた答えはみんな同じで合っているみたい。どうやらLANKO社に教えてもらった乗り場が違ったようだ。おいおい。

出発時間に近くなると他にも登山者とわかる人たちが集まってきた。運転手さんが荷物を荷台に入れてくれる。この時、チップを渡すのを忘れていて要求される。そうだ、チップ文化なのだ。

バスの中に日本人がいるのが見えた。女性二人組で登山の格好をしている。実は前日に街で見かけた人たちだった。

オルコネスまでの道のりは長く、4時間かかる。なんどか停留所でバスは止まった。

僕はLANKO社のロッジでムーラに預ける荷物を引き渡さないといけないため、オルコネスの二つくらい手前で降りなければいけなかった。

しかし、ここでやらかした。

気づいたらバスはオルコネスに到着。つまりは降りるべきところで降り損ねたのだ。

言い訳をさせてもらうと、運転手さんの言葉が聞き取れなかった。一応停留所に着くとそのバス停の名前らしきことを言うのだが、それは特に車内放送でもなく大きな声でもない。

そして外に看板があるわけでもないので風景からはわからない。僕は座席が後ろの方だったから余計に聞こえづらかったのだ。

気づいたら、ああ、登山客っぽい人がみんな降りる。ここが登山口だな、くらいの感覚でかろうじて一緒に降りたと言うわけだ。

バスを降りて日本人の女性二人に話しかける。

「ここオルコネスですよね?僕、多分降りそこねました……」

「ええ!?大変じゃないですか!そこ、ここから6kmくらいありますよ」

同情はしてくれたが、その女性たちもどうすることもできない。少し話をして僕はヒッチハイクで戻ることにした。

炎天下だ。道路沿いには日陰になるようなものは全くない。そして山の中なのでなかなか車は通らない。

30分くらいヒッチハイクを試みるが一向に止まってくれる気配はない。

もうラチがあかないのでオルコネス登山口の事務所に行って相談しよう。

ここがスタート、そしてゴールにもなるオルコネスにある事務所。街でゲットした登山許可証はここで提出しなければならない。

スタッフの人に事情を説明する。するとLANKO社の人と連絡を取り、迎えにきてくれるということになった。よかった。

しばらく待っているとLANKO社の人がきてくれた。

そしてLANKO社のロッジにて待機。ここは泊まることもできる。

その後、無事にムーラ用の荷物を預けて再びオルコネスへ戻ってきた。すでに午後になっている。やっとスタートだ。

せっかく一番早いバスで来たのに、自分のミスのせいで昼過ぎからのスタートとなった。

しかし大丈夫だろう。この初日は、ここオルコネスから3時間くらいで目的地のコンフルエンシアというキャンプ地に着くはずだから。

オルコネスにある看板。ここがスタート地点。

ここで今回の工程を簡単に説明しておこう。

こんな感じだ。本当に簡単に描いた。

オルコネスは観光地。途中までは登山でもない一般の人がたくさんいる。上高地のようなものと思ってもらえれば。

道は整備されている。遠く先に雪をかぶったアコンカグアが綺麗に見える。だからこその観光地になっているのだろう。

橋を渡ってから、いよいよ本格的な登山道となる。

遠くに黄色いテントが見える。あそこが今日の目的地かな。

歩くこと3時間あまり。今日のテント地「コンフルエンシア」に到着。全く疲れてはいない。

しかし、ここでは最初のドクターチェックがあるのだ。

結果的には一発でパスをした。

しかし僕は一型の糖尿病という持病があるのでかなりくどく注意を促された。途中からドクターが何を言っているのかよくわからなくなっていたが、おそらく低血糖には気をつけろと行っていたのだと思う。多分。

ここで最初に会った女性二人とも再開。ビールを買ってくる代わりにお米をもらう。米が美味い。

二日目(ベースキャンプへの長い道のり)

 

6時半に起床。

日本での登山は「早出早着」という言葉があるようにできるだけ早く出発し、できるだけ早く目的地に到着するのが基本だ。

しかしこの季節のアルゼンチンは夜が長い。なんと21時まで普通に外が明るいのだ。(これは違和感がすごかった)

というわけで日本の山より時間にシビアになる必要はない。そしてみんな行動が遅い。

今日の行程はルートの中でいちばんの長丁場。ベースキャンプまで8時間はかかるだろう。

景色は壮大。しかしずっと壮大!という風景が続くのでよくわからない感覚になる。飽きるともいうかもしれない。

こんな道をひたすら歩く。

景色に麻痺してすでに飽きている。

この道中ではしょっちゅうムーラの一団に出くわすことになる。

基本的に谷の間のような道をひたすら歩き続ける。迷う心配はないが、道が広いので効率の良い歩き方をする方法が一つある。

それはムーラの糞をたどること。ちなみにこれは冗談ではない。

これを目印に歩くとまず大丈夫だ。

上でムーラの糞をたどるって書いたけど、ここは意味がない。ムーラは川も関係ないので……。

タイミングによるが、雪解けの川ができている箇所に出くわす。迷路のように濡れない箇所を選んで歩くがタイミング悪ければ靴を脱いで川を渡るしかない。

行きしはジャンプが足りず、片足がずぶ濡れになって、帰りはどうやっても靴を脱いで川を渡るしかなかった。雪解け水は本当に冷たいよ。

ベースキャンプとなるプラザ・デ・ムーラスまであと4時間。遠い……。

ひたすらに歩き続ける。時折遠くからパカパカとムーラの足音が聞こえてくる。道を譲る。それを繰り返すのみだ。

休憩を何度も入れる。粉ジュースが本当に美味い。これは用意しておいて助かった。

今後行く人はカルフールで買っていっぱい持って行くといいと思う。

今回の登っている時のザック。上の寝袋は入りきらず無理やりくくっているがこれでなんとかなった。

重いものはムーラが運んでくれているので重さとしてはそうでもない。

やっとベースキャンプが見えた。いやあ、本当に遠かった。

今日は何時間歩いただろう。7時間?いや、8時間かかったか。

各ムーラ会社のドームテントがある。

写真のトリコロールカラーのテントがLANKO社のエリア。そこで水ももらえる。ムーラを使っていない場合は水は買わないといけないらしい。

黒く覆われているのはムーラ会社の従業員テントか食料などの倉庫がわり。

これは事務所の前に貼り出されている天気や風の強さを表している。1週間の情報が見れる。めっちゃ大事。

ベースキャンプでも何人かの日本人と出会った。高所トレーニングで一緒になった人やアメリカ大陸を自転車で縦断している旅の途中の人など。

特に自転車の旅の人との出会いは衝撃的だった。本やネットなどでそういう人がいるのはもちろん知ってはいたが実際に出会ったのは初めてだからだ。

あの人は今時点(2020年3月)もおそらくまだ旅の途中だろうな。

さて、やっとここ、ベースキャンプからが本番だ。当初の予定ではこっから高地順応を繰り返し登って行く段取りだった。

高所順応とは身体を標高に慣らすため、一回登ってまた降りてくること。通常はこれをある程度繰り返しながら徐々に標高を上げていく。三歩進んで二歩下がるイメージだ。

しかし自転車の旅人は高地順応をしなかったと言っていた。彼はアコンカグアの少し前に別の6000m級の山に登っていたので必要がなかったからだ。

僕はどうしようか。体調はすこぶるいい。高山病の症状も全く出ていない。

そして何より高地順応がめんどくさい気持ちになっている。

よし、一気にいこう。そう決めた。

三日目(第一キャンプ地 キャンプカナダ)

さて、高地順応は無しなので上へ上がるのみだ。今日は一つ上のカナダという名前のキャンプ地へ行く。

まずは朝一で2回目のドクターチェックを受ける。なお、ここで血中酸素濃度が低かったり、明らかに体調が悪ければ上へはいけず待機となる。実際に三日くらい待機になっていた方にも出会った。結果はあっさりとパス。

不要な荷物をLANKO社のテントに預け、必要なものだけを持って行く。

ムーラに運んでもらった食料や防寒着もザックに入れるとどうしても一つのザックに収まらなくなった。サブザックもパンパンにして持っていかなければならない。

背負い方を色々と試した結果、背中に大きなザック、電車の中のように前面にサブザックを背負うという、少し無茶な格好で登り始める。

ベースキャンプからカナダまでがかなり急勾配。

むちゃくちゃきつい……。苦手なんですよね、こういうの。

山に登っているのに何を言っているんだ、という感じだけどきついもんはきついのよ。

かなりゆっくりのペースでキャンプカナダに到着。

ここはわりかし人が少ない。

ここを飛ばして一気にもう一つ上のキャンプ地へ行く人も多い。

テントを見れば日本人かどうかがわかる。モンベルのテントがあれば間違いなく日本人だ。

テントの中。だいたいぐちゃぐちゃになる。

四日目(最終キャンプ地 キャンプコレラ)

翌朝、次のキャンプ地であるニドを飛ばして一気に最終キャンプ地「コレラ」へ向かう。

相変わらず容赦のない登り。

ニドは華麗にスルーした。

コレラまでの道のりも急登。しかし振り返ると景色は絶景である。

案外早く最終キャンプ地であるコレラに到着。

自分の体調を確かめる。ふむ。高山病の症状も出ていないしまだまだ歩ける。怖いくらいに快調だ。

必要であればここでしばらく身体を慣らそうかと思っていたがこれならいける。いきなり明朝アタックすることを決める。

雪を溶かして水を作る。この作業、実は初めてだったんだけどすごくめんどくさかった。

ここで失敗が一つ、雪を溶かして水を作るのはそれなりに時間がかかる。そしてできる水の量はしれたもの。

僕は十分な量の水を作らず途中で力尽きて寝てしまった……。

五日目 登頂アタック

深夜三時。腕時計のアラームが小さくなる。日本での日常だと絶対起きれないのに意識しているからか小さいアラームでもスムーズに目覚める。

テントはそのまま。荷造りは昨日すでに終えていたが、再度必要なものを確認してヘッドライトをつける。

遠くにヘッドライトの光が見える。すでに出発している人がいるということだ。

その後を追うように僕も出発した。流石にこの標高だと寒くなるのでダウンを着て防寒をしている。

急登を登っているところで夜明けに出くわした。

もうヘッドライトの明かりは不要だな。

インディペンデンシア小屋に着くと10人くらいの団体さんがいた。

インディペンデンシア小屋。小屋とはいうが、ボロボロで屋根もない。ここでの宿泊は寒さに凍えることになるだろう。(宿泊する人いるのかな?)

なんてことはない道なのにきつい。流石に高山病の初期症状が出てきたらしい。頭がぼーとしている。

気持ちはあるのに身体は思うように動いてくれない。少し歩いて足が止まる。それの繰り返しになる。

でも少しづつ、ゴールには近づいているはずだ。と自分に言い聞かせる。

振り返る。雲海があんなに下に。

休憩。ここから先はグランカナレータと呼ばれる急勾配だ。

アコンカグア登山でのラスボスだ。

はっきりきつい。ここにきて最後に急登。さらに不安定ながれ場(岩の道)なので注意も必要で気を遣う。

でももう少し、もう少し。

そして頂上に到着!

残念ながら頂上からの景色はガスで何も見えない。

頂上には警備?の人もいた。僕の憔悴した様子を見て

「いいか、ここにいていいのは10分だ。そうしたら君はすぐに降りるべきだ」と告げられる。

僕も素直に「そうだね」とうなずく。そう、割とヤバめなことを自覚していたからだ。

この警備の人は水もくれた。そう、前日に水作りをさぼってしまったためにとっくに水がきれていたのだ。なお、水分は高山病にとってかなり重要である。

アコンカグアまとめ

率直な感想は「やっと終わった」というものだった。

やったー!とか、達成感などが正直薄い。あとで思ったがこれにはいくつか理由がありそう。

まず大きなトラブルがなく順調に頂上まで来たこと。もちろんいいことなんだけど、谷がないとやはりストーリーとして面白くないでしょ?

もう一つは完全に一人だったということかな、と思った。キリマンジャロの時はいつも横にガイドのジェームスがいた。喜びを分かち合える人がすぐそばにいるというのはやはり大きい。

そうして長居をせず、僕は頂上を降りてまたキャンプコレラに戻って来た。

そしてまためんどくさいと思いながら雪を溶かして水を作る。

そうしてあったかいコーヒーを飲んだ時、初めて少し充実感を感じた。

ああ、明日から2020年が始まるのか…と思いながら倒れるように眠った。

主にツイッターにいます→@kenihare 無言フォロー嬉しいです。


3 Comments

現在コメントは受け付けておりません。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。