カンボジアで感じた事

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シェムリアップでやっぱこの店員さん笑顔がめっちゃ可愛いよな〜って鼻を伸ばしながらチャーハンを食べていた時のことだ。

僕のテーブルに男の子が二人がやってきた。

きっと兄弟だろう。良く似ている。ただ着ている服もぼろぼろだし風呂もまともに入っていない雰囲気だ。

手を出して言う。

「MONEY」

ショックだった。

何が?といわれてもうまく言えないかもしれない。

その時僕は自分の二人の子供の事が頭をよぎった。ちょうど兄弟ともどんぴしゃで歳頃が似ていたせいだろう。

自分の息子と同じ年頃の子供がストリートチルドレンをやっている。息が止まりそうだった。

カンボジアは途上国。知っている。ただある程度知っているだけ。ニュースやネットなどの情報でだけ。

どこかで戦争で○人が亡くなりました。どこかの国で大規模な災害が起きました。今この瞬間も○人の子供達が餓死しています。世界では色んな問題が山積みだ。戦争、テロ、災害、難病、etc。

そのニュースを見聞きした時は誰しもが胸が痛める。しかしやがて薄れる。そこで何かしらの行動を起こせる人もいるだろうけど僕はそこまでの感情になった事がない。

やっぱり何が言いたいか自分でもよく分からなくなってきたけど、多分言いたいのは実際に体験、体感してしまったらそれはもう他人事ではなくなるという事。

今まで対岸の火事だった事が近くなる。初めて実感して知るということ。僕はあんまり頭も良い方ではないので実際に見る、聞く、感じないと分からないんだ。

世界の人口はだいたい74億人いるらしい。74億人全員の事、全世界でおこっている色んな問題に全部胸を痛める事もできないだろう。

その上で知ってしまった事、対岸の火事じゃ亡くなった事に対してじゃあ、どうする?何が出来る?とちょっと考える。

何かができるかも知れないし、何も出来ないかもしれないし、何もしないかもしれない。

ただ、少なくともこの時初めて途上国にNPOで行く人や寄付活動などをしている人の気持ちが少しは分かったような気がする。やっと少し理解できた気がする。

だいたい友達の友達くらいの人がカンボジアだけではなく寄付など何かしらの活動をしていたりする事があるだろう。そういう人も何かしらこういった体験、きっかけを経ているのかなあと思ったりする。

もう今までのように「ふーん、なんだかえらいなあ」ではすまなくなっている。

他人事が他人事でなくなる瞬間っていうのはあるのだ。

 

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