ほどほどの方が良いものもある。

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ザーサイが好きだ。

もともと漬け物や辛い物が好きなせいもあるが、中華の定食に少しだけ添えられるザーサイがたまらない。小皿の控えめなたたずまいが恨めしい。

唐揚げ定食を食べている時に何度このザーサイをもっと食べたいと思った事か。なんならザーサイ定食なるものがあってもいいのではないかとすら思う。

しかしその度に少しほろ苦い記憶が蘇る。

 

それは仕事での事だ。

当時、いわゆる情報冊子のようなものを作成していた。そのコンテンツの一つとして料理コーナーがあった。

簡単に作れる料理を毎回紹介するこのコーナー。そのページは僕の担当ではなかったので毎回特に気にしていなかった。

しかしとある号の料理で求肥を使う料理がでてきたのだ。

求肥。ぎゅうひ。

何か分かるだろうか。アイスの雪見大福のもちもちした部分と言えばピンとくると思う。最近ではコンビニスイーツの雪苺娘(ゆきいちご)もそうだ。

あれが子供の頃から大好きでたまらなかった。雪見大福は中のアイスより求肥の方が美味いのになぜロッテはこっちをメインにしなかったのかと子供ながらに嘆いていたものだ。

ああ、求肥の海に溺れたい。そんな幻想を長年抱いていた。

そこに舞い込んだこのビッグニュース。

担当の人に求肥の素晴らしさと僕がどれだけ求肥の海に溺れたいかをとくとくと語り、ぜひお土産に持って帰ってきてくれとお願いした。

担当の人はその熱意に何かを察したのか、

「分かった!たっぷり持って帰ってくるね!」

と嬉しい事を言ってくれた。

そして料理撮影の当日。

僕は通常業務をこなしながら担当の人が撮影を終えて帰ってくるのを待っていた。しかし心ここに在らず。自分でもおそろしいほどソワソワしていた。

「戻りました〜」と撮影を終えた担当が帰ってきた。

はい。お土産。と渡されたのは小さめの弁当箱くらいのタッパーである。

ぎっしりと詰まった半透明の物体。言うまでもなく求肥だ。純度100%。

小さいカップくらいの量をイメージしていた僕は、まさかタッパー丸々の量を持って帰ってきてくれるとは思わず小躍りしながらお礼を述べた。なんと気が利く人なのだろう。

その日の夜。家でわくわくしながらタッパーを開く。開封の儀。

ぶよぶよと弾力のある面にフォークを刺し、たっぷりと口に含む。

・・・あれ?

味がしない。

何かの間違いだろうともう一口。

やはり味がしない。感触は確かにもちもちしている。しかし無味なのだ。

食べ始める前までのテンションが一気に下がっている。

これは子供の頃にケーキに乗っているサンタの砂糖菓子を食べた時と同じだ。

ディズニー映画だと思って映画館に入ったら見せられたのは白黒でストーリーも分からない映画を見せられたようなもんだ。

僕はそれ以上、フォークを刺す事をやめた。

求肥の海に旅立ったら転覆したのだ。

 

あくる日、担当の人に感想を求められた。

「どうだったー?求肥の海は?」

「・・・う、うん。美味しくて幸せだったよ」

これが精一杯だった。

思うに求肥はアイスやあんこなど甘い物と組み合わさって初めて本領を発揮するものらしい。ソロでは通用せず誰かとフィーチャリングしないと活きない奴なのだ。

 

おそらくこのザーサイも少量だからいいのだろう。

「美味い物も毎日食ったら美味いもんじゃなくなるんだよ」

これはたしかちびまる子ちゃんのお父さんが言っていたセリフだと記憶している。深い。

どうやら少ないからこそいいってもんが世の中にはあるみたいだ。

でもそんなの経験してみないと分からないんだけどね。

だから腹壊すまで食べてみる行為が一回は必要ということ。

そして多分それは食べ物だけじゃなくて、日々の事とかにも当てはまると思うのだ。

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