あの頃バカじゃけど多分輝いていた その2

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※この話は、ただの筆者の昔話です。その1はこちら↓

あの頃バカじゃけど多分輝いていた その1

家にドラムがやってきた。

初めて家に飼い犬がやってきたような気持ちに近いかもしれない。

深いワインレッドのドラムセットは6畳の僕の狭い部屋のスペースをほぼ占めた。その渋い色にうっとりして必要以上に磨いていたのを覚えている。

ドラムと一緒に「初めてのドラム入門」なんてタイトルの本を買っていたので早速開いて練習を始めてみる。

最初にルーディーメンツといわれる基礎中の基礎が書いてあった。

右手(R)左手(L)で交互に太鼓をたたく。慣れてくるとバリエーションが増え、
(R)(R)(L)(L)とか(R)(R)(L)(R)なんて複雑になっていく。

僕は、

「こんな吹奏楽部みたいなことやってられっか!おれは早く曲が叩けるようになりたいんだ!」

とルーディーメンツのページは飛ばした。

続いて8ビート。これはもっとも基本的なリズムだとおもってもらえればいい。

ふむふむ。一番上の×のマークがこのハイハットという足でパカパカ開くシンバルで、上から二番目の丸が一番使う太鼓(スネア)で・・・ドラム特有の楽譜をみてゆっくりゆっくりドタドタと繰り返していく。

開始30秒で母親にうるさいと怒られた。生音だからそりゃ当然だ。

ドラムセットにはゴムパッドという太鼓の上に敷く丸いゴムのシートも付いていた。消音のための道具だ。

これはいい。振動はあるが音の大きさはかなり小さくなった。

ドラムを叩いていいのは19時までと制限があったので部活のある平日はもちろん叩けない。夜にパッドでタカタカと練習するだけで不満が募る。

土日も部活はあるがさすがに時間はあるのでやっとドラムが叩ける。

僕は練習に明け暮れた。

なんとなくでも8ビートができるようになると楽しくなるものだ。

ここでドラムだけでなく、まとも楽器の練習を経験したことがある人は「んん〜?」となっているはず。

僕は基礎中の基礎であるルーディーメンツを退屈だといってやらなかったのだ。

これをやっていない事が後々凄く響いてくるのだ。今、あの頃の自分に声をかけれるのなら「半年はルーディーメンツだけを練習しろ、ばかやろう」と言っている。

長い目でみるとそれくらい大切なものだが、この時は早く曲が叩けるようになりたいという気持ちしかなかった。きっとスクールや誰かに教えてもらうなどの場合は最初はとにかく基礎をみっちりやるはずだ。これは独学ゆえの失敗だと思う。

後悔といってもいいかもしれない。

なんにせよ、ドラムのある生活はスタートしたのだった。

バンドが始まる

その頃、一緒にバンドやろうぜと盛り上がったやつらも楽器をなんとかして手に入れていた。

普通に小遣いで買ったやつ、親に買ってもらったやつ、もともと家にギターがあったやつなど様々。

それぞれに楽器を入手するまでのストーリーがあったかどうかは知らないし、覚えていない。

しかし中学3年の春にはきちんとボーカル、ギター、ベース、ドラムというメンツが揃っていた。むしろぴったり4人ではなく、ギターやドラムも被っていたので8人くらいで結果的に2バンドが発生することになった。

次の段階はコピーする課題曲を決めてみんなで合わせてみる事。

僕らは当時好きな音楽がだいたい一緒だったので揉めることはなかった。

コピーするのは、BAKU / LUNA SEA / BUCK-TICK・・・etcの中からできそうな曲を選んだ。

もしかしたらBAKUを知らない人もいるかもしれないが、これはAIRの車谷さんが在籍していたバンドで僕は当時大好きだったのだ。BAKUは当時いわゆるホコ天バンドだったはず。

XもX JAPANになる前で好きだったが、これは全員技術的に無理だとなり、あっさり却下した。

バンドスコアと呼ばれる楽譜が売っていて、それを買って必要な部分だけコンビニでコピーしてそれぞれ練習していた。

初めてスタジオに入った時のテンションを覚えている。

ギターケースやベースを肩に担いで自転車に乗って隣町のスタジオまでいく。天気のいい日で瀬戸内海がキラキラしていた。話してる内容は先生の悪口や彼女がいるやつの事をからかったり・・・。幼稚な下ネタと馬鹿な話しかしていない。

この時の光景を思い返して見ても、すごくダサくて青臭くていいなと思う。

スタジオではみんな少ない時間を無駄にしないようにテキパキと練習した。ギターのでやつがやたらアンプをキーンとハウリングさせてうるせえよ!って怒った記憶がある。

演奏なんてもちろんグダグダなんだけどそれでも無理やり最初から最後まで曲を演奏し終えたあとはみんなの顔は晴れやかだった。

スタジオの帰りはラーメンを食べて帰った。このラーメン屋さんは今でも健在で唐揚げラーメンというありそうであんまりないラーメンが名物だ。

当然スタジオなんてお金もかかるからあんまり入れないし、誰かの家でアンプを通さずギターを鳴らし、僕は適当にそこらの雑誌を叩いて合わせるなどして練習していた。

情熱というのはいいものだ。練習量に比例して全員それなりに上手くなったいった。

みんな部活は相変わらず真面目にやっていたが、勉強に関してはなにそれ?っていう状態だった。

そんな日々を過ごし、気づけば季節は初夏になっていた。

ぼくらの目標は10月の文化祭である。

 

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