2012年の年末の話だ。僕は猿と温泉に入りたいと思っていた。
理由なんて特になくて動物と一緒にお風呂に入るという事にただ憧れていただけだ。
人間と動物の共存。アニメのエンディングのワンカットでありそうな絵。あれに憧れていた。
本当に実現すべく、ネットを使って情報を集める。
山深くの秘湯などに行けば猿と入れる温泉なんて結構あるんじゃないの?と簡単に思っていたが検索でヒットするページは案外少ない。
調べた中で一番出てきたのが長野県の地獄谷温泉という所。
冬になると気持ち良さそうに温泉に入っている猿達の映像をニュースなんかで見た事がある人も多いだろう。
その冬の風物詩とも言える温泉猿達がいるところ、まさにそこが地獄谷温泉にある地獄谷猿公苑だ。なんだかすごい名前。
地獄谷猿公苑とはいわゆるモンキーパーク。まあ野生?の猿がそこら中にうようよいるという事。
そのすぐそばに一軒だけ後楽館というお宿がある。この宿は猿公苑の対岸に位置し、運が良ければ宿の露天風呂に猿が乱入してくるらしい。
行楽館の場所は長野県の「湯田中渋温泉郷」と呼ばれる温泉郷をさらに山奥に入ったところ(そこが地獄谷?)にある。
こりゃ、行くしか無い。混浴だ。混浴だ。大事な事は二回言う。
運良く12月31日の大晦日に宿泊の予約が取れた。猿と一緒に年越しなんてなかなかオツではないか。
ちなみに僕の干支は猿だ。12分の1の確率にきっと猿も親近感を持って一緒に混浴してくれるに違いない。
さて、一つだけ心配があった。行楽館までのアクセスだ。湯田中渋温泉郷の中の一つ、上林温泉から積雪の遊歩道を約30分歩かないとたどり着けないらしい。
僕は雪の経験がほとんどないのだった。晴れの国、岡山でも南の倉敷という地で育ったので雪なんてとても珍しいものだった。それにスノーボードなんかのウインタースポーツもした事がない。
つまり雪の積もった道を歩いた経験がなかったのだ。(この時はもちろん登山もまだ始めていない)
どんな靴を履けば良いのかさえ分からない。サイトなどでは防水の滑らない靴で来てください。というような事が書いてあるが、それって長靴って事なのか?
アマゾンなどで調べてもどれをチョイスすればいいか良く分からない。そしておそらくこの一回のためだけであろう靴にあまり費用をかけたくない。
こういう時はホームセンターだ。
「ホームセンターにない物はどこにいってもない」という格言がある。
今僕が考えた。
かくして近所のホームセンターにそれは三千円くらいで売っていて無事にゲット。なんか子供用の長靴みたいだけどまあ、こんなもんだろう。
しかも靴の中はファー?、毛がもっさり入っていてこりゃ温かいに違いない。
これで準備万端。いざ年末の長野の地へ旅立った。
初めての長野。なんだ、近いじゃないか。というのが正直な感想。日本は狭い。
さらに長野駅から乗り換えて湯田中駅まで。車窓からの雪景色が新鮮でこっそりテンションが上がる。やがて目的地の湯田中駅にたどり着いた。
しかし改札を出て驚いた。吹雪なのだ。
お地蔵さんがいたら思わず傘をかぶせるレベル。
さすが長野。いきなり強烈な洗礼だ。5m先くらいしか見えない。
僕にとってはびっくりでも、雪国では日常なのだろう。普通にバスは時間通りに発車した。
温泉郷なので周りには風情豊かな温泉宿がたくさん。静かそうでこんなとこへしっぽりと温泉に入りにくるなんてそれも良いんじゃない、という雰囲気だが、僕はここから歩かなければならないのだ。
温泉郷を抜けて林道へと入る。雪道は踏み固められていて心配していたほどツルツルと滑る事もなさそうだ。
しかし、靴を用意しておいて良かった。普通のスニーカーだとすぐ水がしみてしまいきっとひどい事になるだろう。
三十分ばかり歩いただろうか。林道を抜け、開けた場所にでたらそこに大きな宿があった。なんとか無事に行楽館にたどり着いたようだ。
早速チェックインをして部屋に案内される。案内された部屋は一言で言うとシンプル。テレビもない簡素さだ。
テレビは別の共用の部屋にあるみたいだ。
トイレも部屋にはなく、共用。トイレの横の流しは常に蛇口から水が出しっ放しだ。これは水を止めると冬の時期は凍ってしまうので水は出しっぱなし。ここは雪国という事を改めて思う。
廊下の窓から外の景色を眺めると猿と目が合った。まるで雀みたいな感覚ですぐそばに猿がいる。本当にそんな環境なのだ。
ひと心地ついたら川を挟んで対岸の崖の上にある猿公苑へと行ってみる事にした。
映像や写真で見たそのままだ。本当に人間のように温泉につかって気持ち良さそうにしている。子猿も年を召した猿も温泉でぬくぬくとしている。
温泉をぐるりと取り囲むように見守る観光客も皆笑顔だ。外国の方がかなり多い。
スノーモンキーと呼ばれる温泉の猿は世界でも珍しく、ここだけらしい。そりゃ見に来るわな。
檻などの猿と隔てるものは何もないので足下を猿がするすると駆け抜けていく。もし食べ物などを見えるとこに出していたらすぐ持っていかれるので注意が必要だ。
しかし猿はなんとも言えずかわいい。全く微笑ましい光景だ。
ちなみにこの猿公園の温泉はあいにく猿専用なので人間は入れない。
かわいい温泉猿達をしっかり堪能した後は宿に戻り早速お風呂に入る事に。あくまで目的は温泉に入っている猿達を見る事じゃなくて猿と混浴する事だ。トゥギャザーなのだ。
温泉は男女別の内風呂と、外に混浴の露天風呂がある。確か時間によって女性専用の時間があったはず。
露天風呂に入る。すでにこの時点で露天風呂の周りには3、4匹の猿が毛繕いをしていたり普通にうろうろとしている状況。
これだけでもかなりの非日常だ。しかし、まだ猿は温泉の中に入ってはいない。しばらくゆっくりお湯に浸かって待つとする。
さすがにそろそろのぼせかけてきたその時。
一匹の猿がどっこらしょって感じでぽちゃんとお湯に入ってきた。まさかこんな一発で混浴できるとは!いきなり念願叶う!
それにして入ってくるときの仕草があまりにも人間のおっちゃんぽくて苦笑。どこの銭湯かと思った。
あまり近づきすぎると逃げてしまうので少し離れたところで混浴を楽しむ。猿は至極気持ち良さそうにしている。僕は念願叶って一人にやにや。
おっさんみたいにするりと湯につかった猿。
この時間は他に温泉に入っている人もいないのが分かっていたので、もし猿と混浴出来たら写真を取ろうと、カメラを貴重品と一緒に巾着に入れて傍らに置いていた。
ふと、気づくと猿が僕の巾着を取ろうとしている。
勝った。しかし危うくカメラと貴重品を持っていかれるところだった。油断も隙もありゃしない。
やがて猿は満足したのか湯から出てすぐそばで他の猿と毛繕いを始めた。僕も満足したので温泉を出て部屋に戻る。
やがて夕食の時間となり、豪華な晩ご飯をいただく。
なにか黒っぽい見慣れない物が。
これは・・・
いなごの佃煮だ。長野では普通に食べると噂には聞いていたが…
一応、宿の人に聞いてみる。
「あの~、これイナゴですよね?」
「うん!美味しいよ!」
なんともさわやかな返事のナイスガイ。野暮な事を聞いてしまった。確認するまでもなくどっからどう見てもこれはイナゴだ。純度100%のイナゴだ。
う、うん。おそるおそる口に入れる。
あっ、大丈夫だ。むしろ美味しい。
これも初めての体験だった。
夕食後、なぜかロビーに置いてあった海釣りの雑誌を部屋で読みながら静かに大晦日の夜を過ごす。
相変わらず窓の外の雪景色の中には猿がうろうろしている。いいなあ。この環境。色々な意味で猿との距離が凄く近い。
もうすぐ年が変わる。年越しのカウントダウンは露天で過ごそうともう一度露天へ。
星空を眺めながら2013年を迎えた。
うん。我ながら良い年越しではないか。
お風呂から部屋に戻る途中、テレビの部屋の前を通ったら、紅白を見ていた外国人達がなぜか北島三郎で大盛り上がりをしていたのが印象深い。
主にツイッターにいます→@kenihare 無言フォロー嬉しいです。
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