また山で会いましょう

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初めて八ヶ岳に登った時の話だ。

長野県茅野駅に朝早くにたどり着いた。ここからバスに乗り美濃戸口という八ヶ岳への登山口に行く段取りだった。

しかし、平日と土日のバスの時間を勘違いしていたため、茅野駅で一時間以上待つ羽目になってしまった。

今思うと少々スタートが遅れても、途中の行者小屋というところでテントを張るので平気なのだが、その時は初めての八ヶ岳だったので焦っていた。

途方に暮れていると、明らかに登山者と分かる人がバス停にやってきた。時刻表を眺めている。この人も僕と同じくバスの時間を勘違いしたのだろうか。

勇気を出して話しかけてみる。関西から夜行バスでやってきて今しがた茅野駅に着いたらしい。

次のバスまでかなり時間があるのでタクシーの相乗りで登山口まで行くことを提案してみると快く受けてくれた。よかった。これでほぼ予定通りに行動できる。

その方をFさんとしよう。タクシーの中で少し話をする。

Fさんは物静かで口数も少ない人だった。線が細く、銀縁のメガネをかけ、全ての道具をモンベルで統一していた。いかにも理系っぽい、という第一印象だったが、話してみるとますますそうだった。

仕事は建築事務所で働いていると言っていた。公共の大きな建物を主に手がけているという。知らない世界の話を聞くのは楽しい。

登山口に着いてからも何となく一緒に歩き出した。

しかし、Fさんは僕よりペースが早く、少し僕が無理をする形になっていた。

「ペース合わせなくていいですよ。人と歩くスピードを合わせるとしんどいのを知っていますから」

文字にすると冷たく聞こえるかもしれないが、決して一緒に歩きたくないというニュアンスではなかった。純粋に僕に無理してほしくなかったのだと思う。(そうであってほしい)

僕はそれをうけ、自分のゆっくりペースで登り始めた。Fさんとは徐々に差が開き、やがて姿が見えなくなった。

なんかいい出会いだったなと思いながらやっと行者小屋にたどり着いた。

登ってくる人がよく見える位置でFさんは座っていた。

「お疲れ様でした」

とFさんは言う。

少し話をしてFさんは出発していった。僕はここでテント泊だがFさんは山頂の小屋に泊まるからだ。

別れ際の言葉は

「また山であいましょう」

連絡先などを交換もしていない。しかしそう言ってFさんはまた登っていった。

Fさんはきっと僕が小屋に着くのを待っていてくれたのだと思う。

 

その2年後。

 

南アルプスの鳳凰三山を縦走し下山途中だった。

僕は下山のペースだけ早い。デコボコした細い山道を跳ねるように下っていた。

下から登ってくる人がいた。山ですれ違う時は基本的に上りの方が優先になる。

僕は適当なスペースにとどまり登ってくるのを待っていた。

すれ違った人に何か見覚えがある。誰だっけ。

下りながら考えていた。しばらくしてそれがFさんだと思い出した。

あのモンベルの靴、間違いない。

登り返して話しかけようかと考えた。あの時八ヶ岳でタクシーを相乗りした者ですと。

ちょっとだけ考えたけど、やめておいた。

多分またどこかの山で会えると思ったので。

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