これは僕の恥ずかしい話なので、迷ったけど書いてしまおう。書くことはある意味で供養だ。
みなさんは、20歳を過ぎてから急に怪しい電話が増えた経験がないだろうか。僕はめちゃめちゃ増えた。
よく実家に同級生を装った知らない人間から電話もかかっていたみたいだし、携帯にもよくかかってきた。
おそらく、悪徳商法を行う側にとって、世間にまだ疎い20歳を超えてすぐの年齢は格好のターゲットになるからだ。未成年だと契約などに親のハンコが必要になるからね。
なぜ、電話がかかってくるかって?個人情報なんてものは天然温泉のようにダダ漏れだと思っていた方がいい。
これは僕が21歳の時の話である。
寂しさに付け込まれる
当時はフリーターだった。
目標などもなく、ただ過ぎ去る日々を退屈に送っていた。その一方で、将来に思い悩み、フリーターということにも不安を覚え、焦りを感じながら生きていた。
「学生」や「会社員」という肩書きがなく、自分は何者でもない、という事に気づく。社会から取り残されたと感じ、激しい不安を覚えていた。そんな悩みを話せる彼女なんてもちろんいない。当時、精神状態はかなり不安定になっていた。
そんな最中、PHSに知らない番号から電話がかかってきた。※当時はだいたいみんなPHSだった。
「あっ、ねおくんかな〜♪ちょっと今ええかな〜?」
出た瞬間からタメ口だ。
「……はい、え〜と、誰ですか?」
「あっ、あたしね〜、ミカ(仮名)って言うんやけど、あんな、今な、ちょっと友達に聞いてこの番号にかけてるんやんか〜」
話っぷりはまごう事なきギャルである。今までギャルなんて接点がないので面食らった。
「その友達って誰です?」
「まあ、それは置いといて〜、あんな、ねおくんは今何してるん〜?」
「えっ?い、今?今は普通にテレビ見てるけど・・・」
「そうなんや〜、ねおくん、下の名前はなんて言うん?」
「えっ、……みのるだけど」
「そっか〜、みのるはさあ〜……」
下の名前を知った瞬間から呼び捨てに変わった。なんてやろうだ。
このタメ口、下の名前で呼ばれるという馴れ馴れしさに怪しさを覚え・・・なかった。
当時の僕にはその警戒心と知識がなかったのだ。
その後はなぜか、悩みを抱えた青年とうんうんと話を聞いてくれる近所のお姉さんという構図になってしまい、ベラベラとおしゃべりをしてしまった。
信じられないかもしれないが、いとも簡単に僕は心を開いてしまったのだ。
実際、めちゃめちゃトークは上手い。きっとマニュアルがあるはずだが、きっと僕の出方によっていかようにも合わせるスキルを持っているだろう。
この電話の前にも、怪しい勧誘なんかの電話は取ったことがあったのだが、ミカさんは失礼な物言いとフレンドリーさで攻めてきた。このパターンは初めてだったので、すっかり向こうのペースに乗ってしまったのだ。
すっかり打ち解けたところで話は本題へと入る。
「あんな、今度、展示会があるんやんか。良かったら一緒にいけへん?」
「展示会?なんの?」
「宝石とかな、そういう綺麗なもんがいっぱいあんねん。なんか不思議やな思てるんやけど、今日初めて喋ったばっかりやのに、みのるとはもうすっかり友達や思ってるで」
「それにうち、みのると直接会いたいわ〜。ゆっくり話したいわ〜❤︎」
「ええ……、まあ、ええけど……」
「ほんまやな、約束やで!ピッチ(PHSの事)のアドレス教えてーや。場所とか送るわ!」
「ドタキャンとかやめてな。そういうのうち、ほんま凹むねん。約束やで!」
「わかった〜。行くわ〜」
いっちょあがりである。今だから思えるが、向こうからしたらいとも簡単だっただろうな。
僕はミカさんにすっかり心うばれていた。どんな顔をしてるのだろう?何歳なんだろう?もしかしたら……あわよくば……。
疑うことなんて全くなく、そんな期待をしてしまっていた。そもそもなんでミカさんが僕に電話をかけてきたのかさえも頭から消えていた。
展示会でデート?
さて、鴨がネギ背負って行ってしまったのだ。展示会へ。
僕がイメージしていた展示会はいわゆるエキスポやビッグサイトなんかで行われるイベント的なもの。色々な宝石が展示されているものと思っていた。
最寄駅についてミカさんに電話をかけて迎えにきてもらう。メールのやり取りでそうしていた。
初めて顔を見る。正直ドキドキしていた。
「みのる〜、きてくれてありがと〜」
現れたのは黒い細身のパンツスーツに身を包んだスタイルの良い女性。めちゃめちゃ綺麗な人だった。
「こ、こんにちは」
「なに〜?緊張してんの〜笑、みのるかわいいやっちゃな〜」
照れる。完全にお姉さんである。
この人、いい匂いがするなあ、なんて鼻の下を伸ばしながら会場へ歩いていた。
会場は駅からすぐの普通のビルだった。入り口にはイベントの看板も何も出ていない。
階段を上がって二階の部屋に促される。
あれ?
広いフロアには簡易のテーブルとパイプ椅子が10セットくらい並んでいる。それだけだ。宝石は展示されていない。
僕は、そのうちの一つのテーブルに促され座った。
そのセットにはそれぞれ私服の人間、つまりは僕みたいなお客(カモ)とスーツ姿の人間が対面で楽しそうに話している。
男性の客にはスーツの綺麗な女性、女性の客にはホストのような日に焼けたスーツ男がセットになっている。
この時点で僕はまだ気づいていない。
あれ?なんも展示してないな〜くらいにしか思わなかった。
ミカさんが僕の真正面に座った。
バトルの始まり
「みのるはさ〜、結婚したいと思ってる〜?」
いきなり何を言い出すのだろう。
「え?いや、まあ、そりゃ、多分そのうちは……?」
「あんな、婚約指輪と結婚指輪ってあるやん。知ってる?」
「ああ、そりゃ知ってるけど……」
「婚約指輪っていくらくらいするか知ってる?」
「いや〜、わかんない……かな」
「あんな、一般的に月収の3倍が相場の値段やねん。3倍」
「ふうん」
「例えば月の給料が20万やったとしてな、大体60万の指輪がいるっちゅうことやねん」
「ふうん」
「バイトしてる言うてたよな〜」
「うん」
「やったらそんなにお金ないわな〜。生活するだけでいっぱいいっぱいやろ?」
「そりゃ、まあ」
「みのる、今20歳やったっけ?21やったけ?」
「21」
「例えばやで、みのるが26歳くらいで結婚するとしようや」
「いや、そりゃわからんやろ笑」
「まあ、ええがな。ええ歳になったときにな、もしこいつと結婚したろ、って思うような彼女ができるとするやろ?でな、そん時にな婚約指輪が必要になるやろ?」
「結婚ってな、指輪のほかにもいろいろお金がかかんねん。式も挙げなあかんし、婚約指輪だけやのうて結婚指輪もいるし、引っ越すかも知らんし、なんしか色々お金かかんねんな」
「うん」
「でな、そんときに婚約指輪で60万円ってきついやん?」
「うん。そうかも」
「せやろ!で、今日はな、みのるに大事な話があんねん」
「ん?」
「今からな婚約指輪を用意しとくねん」
「ん?」
「ちょっと待っとき」
ミカさんは席を立ってバックヤードへ行った。戻ってきたミカさんは白い箱を持っている。
「これ、みてみ」
白い箱をカパッとあけると中には指輪が入っていた。
「この指輪をな、今からみのるは買っとくんや」
「???」
「いや、分かってる!お姉さんはよー分かってるで!みのる、今はお金ないもんな」
「???」
「でもな、よー考えてみ。これな、ほんまは100万すんねん。でもな、今日は展示会やからな、特別割引で60万になるねん」
「はあ」
「で、これをな、分割で毎月1万円で買うねん。そしたらな、どんくらいかかる?」
「えーと、60ヶ月だから、5年?」
「そう、5年やな。5年間、毎月たった一万円を払えばええ計算やな」
「いや、それは……」
「あかん!みのる!ちゃうねん!考え方が!考え方がちゃうねん!」
「いざ、結婚しよ、思った時にやな、みのるはプロポーズするやろ?そん時にな、お金があるかどうかも分からへんやん。でもな、5年後にみのるが好きな子にな、この指輪渡してプローポースすんねん!」
「そん時のためやねん!」
「いや、でもそん時にその、好きな子が違う指輪の方がええって言うかもしれんし……」
「それは心配ないねん!この指輪はな、◯◯いうブランドのもんでな、一番飽きがけーへんデザインのやつやねん。つまりはな、5年後でも10年後でも変わらずイケてるデザインのやつやねんな。だからその心配はいらんっ」
「いや……、でも……月一万って……」
「みのるならイケるって!」
なんの応援だ。
「いや…、やっぱいらんわ…先のことなんか考えられんし…」
「・・・分かった。ちょっと待っといてな」
そういってミカさんはまたバックヤードに向かった。
ボスの登場
ミカさんはテーブルに戻ってきた。太いストライプが入った黒いおっさんと一緒に。黒いおっさんの顔はやたらテカテカしている。そのくせ歯だけはやたら白い。以下しげる(仮名)とする。
「え〜と、みのるくんやったね。どしたん?なんで買わへんの?」
「いや…月に一万も払えないし……」
「なるほどな〜。そうやね、確かに一万円払うのはちょっと大変や」
「でもな、それちょっとちゃうねん。なんでか言うたらな、この指輪買ったらな、人生がんばれんねん」
「???」
「確かに一万円はきつい。でもな、この指輪をな、いつか使う時がくるってなったらな、もっと稼いだろ、頑張らな、って人間がんばれんねん」
「???」
「いつか絶対結婚したろ、こいつ幸せにしたろ、って思えたらな、がんばれんねん。人間追い込まれなやれんやつがおんねん。みのるもそうやろ?」
「???」
「んん、分からんか?おーい」
先ほどとは打って変わって静かに座っていたミカさんが、すぐに立ち上がり別のテーブルへ向かう。
そして、お客さんであろう若い男性をそのテーブルから連れてきた。
黒いおっさんが言う。
「ほら、この彼はな、今日腹を決めたんや。絶対に何年か先に結婚してやる、幸せになったる、って決意してな。なっ」
「はいっ!」
その男性は満面の笑みを浮かべていた。
「みのるくんよ、未来をな、買うんや。男やったらな。投資や」
「いや…ちょっと親に聞かないと……」
「みのる!アンタな、まだそんなこと言うてんのか!もうハタチすぎてんやろ」
ミカさんがまた喋り出した。
「ハタチ過ぎた男がな、そんな何かするんに親にいちいち聞かなあかんってかっこ悪いで!そんなみのる嫌いやわ!」
「自分のことは自分で決めるのがええ男やで」
しげるがスッと白い用紙を出した。
ローンの契約書だ。
「なっ」
なっ、じゃねーよ。
「いや、ほんまにいいです……」
その後もしばらくしげるとミカによる勧誘は続いたが、ひたすらに僕は断り続けた。いい加減ムカついたのもある。
「そうか。しゃーないな」
しげるは見極めることができる男だった。そう言って席をしげるは席を立つとバックヤードに消えていった。
ミカはすごく残念そうな顔をしている。
「そっか……。みのるは決めきらんかったか…。」
そう言って僕に席を立たせた。
実に二時間は座らされていただろう。
「残念やわ…」玄関を出る時ミカさんは小さく呟く。本当に悲しそうな顔をしていた。
その顔は、カモを引っ掛けることができず、後でしげるに怒られる悲しさだ。
以上が僕が味わった内容である。今からもう15年以上前のことなので、記憶があいまいな部分を脚色はしているが、おおむねこの通りだ。
当然ボスに呼ばれて僕のテーブルにやってきた青年もサクラだ。もちろんあの指輪に60万もの価値はないだろう。
その場で書類を書かせるのがポイントである。
で、おそらくローンの契約をしたらクーリングオフ対策として、
「このことは周りの人には絶対に話してはいけない」
と、もっともらしい理由をつけて言われるのが見えている。
いや、ほんとひっかからなくて良かった。
買うことで人生を頑張れるという理論が出てきたのは目から鱗だった。でも、この理論自体は否定しない。家とか車とかをローンで買うことによって家族のために仕事を頑張れる、という事はあるかもしれないし。ただ、悪徳商法に利用するなと言いたい。
帰りはひどく疲れていたのを覚えている。圧迫面接を終えたような辛さがあった。
見事にひっかかりかけて会場に行ってしまったこと、下心を持ってしまったことが情けなくて、今までこの話はほとんど誰にも話していない。
現在でもオレオレ詐欺なんかのように手の込んだものはニュースでみかける。自分は騙されないと気を抜いていると足元をすくわれるかもしれない。
あと、精神的に隙がある時は冷静な判断ができなくなる。
後で思い返すと、なんでそう思ったんだろう?という経験は誰しもあると思う。そういう時期は要注意だ。二十歳を過ぎたばかりの人はぜひ気をつけてほしいものである。
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